どっちが前だとか後ろだとか人によって違います。
結婚することだって前向きな場合と後ろ向きの場合があるでしょう。
結婚を望んでいるのなら前向き。
その他もろもろから逃げたいがために結婚を選ぶなら後ろ向き。
その他もろもろをスパッと断って、新しい目標として結婚を考えるなら前向き。
人によって同じ出来事であっても、前向きだったり後ろ向きだったりするわけです。
そして人は常に前向きである必要もなくて、たまに後ろ向きになることはあたりまえです。
ずっと後ろ向き、ほとんど後ろ向きだと、確かに人生が暗くなりがちです。
でも前向きを義務や強制と考えることで、新たなストレスを生みます。
どんなことであっても自分の望む方向が前。
望む方向以外は後ろ。
自分が望む方向を向いて、一歩ずつ進んでいくうえでの努力なら、苦しくもやりがいもあるでしょう。
でも人が言う「こっちをめざすほうがいい」という方向を向いても、結局自分で明かりを見出さない限り闇が続くだけ。
それでも一歩ずつ進んでいくしかないことは一緒です。
しかも、自分の進む方向を自分で決め、前に進むことをしなければ、その後も全て自分で決めることは難しくなります。
望むことでもないことなのに、苦しくてもやめることはできません。
だって、その後どうしていいのかわからないでしょう?
自分が望むことがわからないと、迷います。
どっちが前だか後ろだかがわからなくなります。
人の言葉が気になり、流されやすくなってしまうのも、自分が望むことがわからないことが原因かもしれません。
自分が望むことがわからなければ、人の言うことを試すこともありですよ。
試しながら、それが自分の幸せにつながっていきそうかを確かめていけばいいですね。
そしてそのまま進むもよし、違う方向へ進むのもよし。
あなたが望む方向がいつも前ですから。